郊外都市の居酒屋文化を考察する

― 駅前の赤提灯とロードサイドの大箱、その間にある「もう一つの社交場」

なぜ「郊外」の居酒屋なのか

居酒屋を語るとき、私たちはつい都心の風景を思い浮かべる。新橋のガード下、上野や赤羽のせんべろ横丁、終電間際まで賑わう繁華街の路地。けれど日本人の多くが実際に夜を過ごしているのは、そうした街ではない。都心へ通勤し、夜になれば郊外のベッドタウンへ帰っていく――その「帰り着いた先」にある居酒屋こそ、生活に最も近い酒場ではないだろうか。

繁華街の居酒屋が「出かけていく場所」だとすれば、郊外の居酒屋は「帰ってきてから寄る場所」だ。この距離感の違いが、店のつくりにも、客と店の関係にも、そして街そのものの記憶にも、独特の文化を育てている。本稿では、その郊外都市の居酒屋文化を、二つの典型から読み解いてみたい。

郊外には二種類の居酒屋がある

ひとことで「郊外の居酒屋」と言っても、その姿は大きく二つに分かれる。駅前型ロードサイド型である。両者は同じ郊外にありながら、客の来かたも、滞在の仕方も、まるで違う。

駅前型 ―― 帰り道の「とりあえずの一杯」

ベッドタウンとは、都心に通勤する人々が夜だけ帰ってくる住宅都市のことだ。その玄関口である駅前には、たいてい小ぶりな居酒屋が肩を寄せ合っている。改札を出て、まっすぐ家に帰るつもりが、赤提灯の灯りについ吸い込まれてしまう。一杯のつもりが二杯になり、気づけば長居している。新橋のような繁華街でよく語られるこの光景は、規模を小さくしたかたちで、全国のベッドタウンの駅前で毎晩くり返されている。

駅前型の主役は、近所に住む常連客だ。徒歩や自転車で来られるから飲酒運転の心配がなく、終電を気にする必要もない。マスターと客、客と客が顔なじみになり、昔話や世間話の輪ができていく。一人客が隣の常連にすっと会話の輪へ招き入れられる――そうした「とけ込みやすさ」は、流動性の高い都心の店ではなかなか生まれにくい、郊外駅前ならではの財産である。

一方で、駅前型には難しさもある。客層が「帰宅途中のサラリーマン」「地元の学生」「近隣の家族」と多層的なぶん、店のコンセプトと地域のニーズがずれると一気に空回りする。実際、都心から電車で三十分ほどのベッドタウンに洒落たバル併設の居酒屋を構えたものの、価格帯もターゲットも曖昧なまま数か月で閉店した、という失敗談も語られている。郊外駅前は「ちょうどよさ」を外すと途端に厳しい立地でもあるのだ。

ロードサイド型 ―― 車で乗りつける「郊外の銀座」

もう一方の主役が、幹線道路沿いに広い駐車場を抱えて建つ大箱のチェーン居酒屋だ。ファミリーレストランや回転寿司、紳士服店が並ぶ国道沿いに、家族連れや職場の仲間が車で乗りつける。ある外食経営者はこうしたロードサイドを「郊外の銀座」と呼んだ。大型店が軒を連ねるのに、なぜか居酒屋だけは少ない――つまり競合が手薄で、集客しやすい立地だという見立てである。

ロードサイド型を支えてきたのは、車社会という郊外の前提だ。近くに工場や大学があれば、そこから客もアルバイト人材も生まれる。チェーンにとっては出店コストが大きいぶん参入障壁も高く、いったん根づけば二十年、三十年と同じ場所で営業を続けられる。繁華街の店が次々と顔ぶれを変えるのに対し、ロードサイドの店は寿命が長い。地域の風景の一部として定着していくのだ。

ただし、車で来るということは「飲めない」という根本矛盾を抱える。この壁を、ある居酒屋チェーンは送迎サービスと、特定エリアに集中出店するドミナント戦略で乗り越えた。みんなで安心して飲める仕組みをつくることで、ロードサイド最大の弱点を強みに変えたのである。郊外の居酒屋文化は、こうした「車社会への適応」の歴史でもある。

都心の居酒屋と、何が決定的に違うのか

二つの型に共通するのは、地域密着常連文化である。ここが都心の居酒屋との最大の違いだろう。

都心の居酒屋は基本的に匿名の空間だ。客は入れ替わり、店との関係はその夜かぎりで完結することが多い。対して郊外の居酒屋は、客が「ご近所さん」であり「明日もまた会う相手」である。だからこそ店は、目新しさよりも「何度行っても飽きないこと」「悪い評判を立てられないこと」に重きを置く。料理の派手さより、変わらない安心感。一見の華やかさより、長くつき合える信頼。郊外の酒場が大切にしてきたのは、そうした地味だが強い価値だ。

社会学的に言えば、郊外の居酒屋は家庭(第一の場所)でも職場(第二の場所)でもない「第三の場所(サードプレイス)」として機能してきた。寝るために帰るだけと揶揄されがちなベッドタウンにおいて、人と人がゆるくつながり直せる数少ない社交場。それが郊外の居酒屋が担ってきた、目に見えにくい役割である。

いま、郊外居酒屋に起きている地殻変動

しかし、この文化はいま大きな転換点にある。背景には、いくつもの構造変化が重なっている。

第一に、飲酒習慣そのものの後退だ。厚生労働省の調査では、週三回以上飲む習慣的飲酒者の割合は、男性で一九八九年の五割超から二〇一九年には三割台へと大きく下がっている。とりわけ二十代・三十代の落ち込みが目立つ。健康志向、人間関係の変化、コスト意識――いわゆる「若者の酒離れ」は一過性の流行ではなく、価値観の変化として定着しつつある。

第二に、働き方の変化だ。在宅勤務が広がったことで、郊外居酒屋の屋台骨だった「会社帰りの一杯」という習慣が細った。通勤しなければ、駅前の赤提灯の前を通ることもない。

第三に、経営環境の悪化である。帝国データバンクによれば、二〇二五年上半期の飲食店倒産のうち、居酒屋を主体とする「酒場・ビヤホール」は業態別で最多の水準が続いている。食材費・人件費・光熱費の高騰が、利益率の薄い個人店をじわじわと追い詰めている。さらに深刻なのが後継者不足で、利益は出ているのに高齢のために店を畳む「黒字廃業」も各地で起きている。長年その街の常連を支えてきた個人店ほど、この波に弱い。

つまり郊外の居酒屋は、客の減少・習慣の変化・コスト増・担い手の高齢化という、四方からの逆風に同時にさらされているのだ。

それでも残るもの ―― これからの郊外居酒屋

では、郊外の居酒屋は静かに消えていくのだろうか。私はそうは思わない。変化のなかに、新しい芽もまた見えている。

たとえば、酒を飲まない客の存在感が増している。アルコールが苦手でも、ソフトドリンクと料理と会話を楽しみたい人は確実にいる。大手チェーンがノンアルコールの品揃えを大きく広げ、「飲まない人も楽しめる場」へと舵を切り始めたのは、その表れだ。宴会の大人数から少人数のスマートな食事会へ――飲み方が変わっても、「誰かと食卓を囲みたい」という欲求そのものが消えたわけではない。

ここに、郊外居酒屋の活路があるように思う。郊外の店が本来持っていた強み――地域に根ざし、顔の見える関係をつくり、家でも職場でもない居場所になること――は、酒の消費量とは別の次元の価値だ。むしろ酒が中心でなくなった時代だからこそ、「その街の人がゆるくつながれる場所」としての機能が、改めて問われている。

赤提灯の灯りも、ロードサイドの大きな看板も、ただ酒を売っていたわけではない。それは郊外という、ともすれば無機質になりがちな住宅都市のなかに、人の体温が残る一角を灯し続けてきた。郊外都市の居酒屋文化を考えることは、結局のところ、私たちが「帰る場所」のすぐそばに、どんな社交を欲しているのかを問うことなのかもしれない。

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